田中肇先生を偲んで 会員からのメッセージ その1

====田中肇先生を偲んで、会員の方からも思い出が届きました(五十音順)==== 

田中先生を知ったのは名著『花と昆虫が作る自然』に出会った事からです。花や虫が関係しあって生きる姿を、まざまざと、素人にも分かりやすく見せてくれました。今までの植物の小さな違いのみを論じる観察会に違和感を覚え、やっと求めていた世界に出会った喜びがありました。その後小金井観察会での講演を聞き、生の姿と声、優しくユーモアに富んだ先生の姿に接し、「メールで観察」で探求心を刺激されました。その後先生と冗談も言い合えるお付き合いができた、とは夢のような話です。 

私は石神井公園で活動していますが、先生はこのような小会にも、決して手を抜く事なく、全力で公園の花と虫の生存と保護について助言を下さいました。1年間、月2回、長靴姿で1時間以上かけて、酷暑も厳寒も来園し、虫と花の関係を調査し、私たちに活動の方向を示したのは先生が86歳の時でした。 先生の人間としての高潔さ、やさしさ、学問追求の謙虚さ、自然や花に対する愛情を感じ、先生に出会えたことを自分の人生の幸運と思い、心の励みにしています。 

先生のご逝去後、当会の先輩達も30年以上前に先生のご指導を5年にわたり受けていたことが分かりました。先生は一貫して私達名もない市井の人々と共に歩む、偉大な植物生態学者だということを、改めて実感しました。 (青木佐保)


 春真っ盛りの野川公園二枚橋付近で長靴姿のおじさんが野草の中でカメラを持ち座り込んでいた。「何をしているのですか」と聞いた所、蝶と草花の花粉との関係を観察しているとの事。御塔坂橋迄行き戻って来ても同じ場所にいた。それにしても熱心な人だなと一

声掛けて帰途に。ところがその月の定例観察会で新会員として紹介された。おまけに挨拶までされ、後日英文を含む論文等を頂いた。私にはとてもレベルが高く、難解な文章で直ぐに諦めてしまい込んで今日に至り、葬儀の後改めて出してみたが、同じだった。私を過

大評価してくれた田中肇先生を偲んで、ご冥福をお祈り申し上げます。 (内田浩一) 


 今から10 数年前のことになるでしょうか。なにげなくNHKラジオ深夜便を聞いていた時、「アザミ」の花について興味深く説明をされる方がありました。まさに田中肇先生との出逢いの切っ掛けでした。インターネットで先生を探しました。「豊島みどりの会」に先

生のお名前を発見し、幹事のSさんから田中先生を紹介して頂き「小金井自然観察会」に入会させてもらいました。会の皆様にも大変お世話になりました。  (ラジオ深夜便の放送は田中肇先生のページでダウンロードして聞くことができます。)

 田中先生はいつも長グツスタイルで、街で見かけると何処のおじいちゃんかな~といった風貌でしたがオーラがありました。個性の違いとは面白いもので、(何をいわれても)動じない私に、大石会長は直球で、田中先生はユーモアたっぷりに私を揶揄して愉しんでいらっしゃる御様子が楽しい思い出です。 

 昨年6月、大石会長のおこころくばりのお陰で、田中先生入居中の小金井の施設を訪問させて戴くことが出来ました。施設への途中、玉川上水辺りで大石会長が「先生は大浦さんのことが解らないかも~」と仰いました。でも先生は施設の玄関で私達を待っていて下さって「大浦さん?」とお声をかけてくださいました。先生のお部屋では持参の桃ゼリーとお茶で三人楽しく話し合いました。大石会長はまるで息子さんのように先生のケアをされて感心いたしました。先生のお部屋の窓辺に枯れた草花のプランターがありました。「まあ~先生らしいですネ~」と言う私に「それを捨てないで下さい」と先生が仰いました。

再度訪問する時は鉢に野草を植えてお持ちしようと思っていましたが、実行出来ぬままに終わりました。すばらしい田中肇先生との出合いに感謝申し上げ心より御冥福をお祈りいたします。(大浦孝子) 


田中先生についてすぐ思い浮かぶのは、長靴を履いた軽やかな足取りのお姿と、優しい笑顔そしてそのお声です。観察会では、ヘビイチゴとオヘビイチゴ、セリバヒエンソウ、淡いピンクのイヌフグリ、等など丁寧に教えていただきました。花の写真と、その憧れの花の実際の大きさとの差に、「ショックでした」と言うと、「よく分かります」と苦笑されていました。先生の花のアップ写真は、説得力が十分にあるとても美しく、楽しいものです。『昆虫の集まる花ハンドブック』はいつ読んでも、興味が尽きない大切な一冊です。 (大熊ひでみ) 


田中先生が小金井自然観察会に参加されるようになった時も、先生は何もおっしゃらず、会員の方と一緒に観察しておられましたが、大石会長が『花と昆虫、不思議なだましあい発見記』の著者の田中肇氏ではないかと、暫く首をひねって疑っておられたことを思い出します(すぐに「正体」は知れたのですが)。フクジュソウは、花がパラボラアンテナのようになっていて、春先の陽光を集め、花粉を求めて来る虫たちの体を温めて、虫が活発に動くようにしていると、実際に温度計で花の中心の温度を計って見せて下さったことが印象的でした。NHKの朝ドラ『らんまん』を見て以降、なんとなく田中先生を牧野富太郎氏に重ねていたような気がします。 (川崎道雄) 


田中先生との初めての出会いは、ある講演会でした。マルハナバチの大きなぬいぐるみを手に、花の受粉のしくみを説明してくださり、その分かりやすさと鋭い観察眼に深く心を打たれたことを、今でも鮮明に覚えています。 

先生が小金井に転居され、野川の観察会に来られたある日の観察会の帰りには、ご自宅にお招きいただき、友人とともに厚かましくもお邪魔して、さまざまなお話を聞かせていただきました。中でも特に印象に残っているのは、尾瀬ヶ原の木道で長時間観察を続けていたところ、登山者の方が「倒れている人がいる」と通報してしまったというお話です。自然を前にすると時間を忘れてしまう先生らしい、微笑ましいエピソードでした。先生は本当に気さくで温かいお人柄で、私が心から尊敬し、大好きな先生でした。今はただ寂しさと残念な思いでいっぱいです。  (坂本暉美子)


田中先生が書かれた『身近な植物となかよしになろう』を薦められました。道端の草の名前から調べ、花のかたち、葉のつき方、茎、実より、植物のグループ分けができることを学びました。花たちにまつわる昆虫たちのことまで……。ちゃんと観察していれば、楽しいことがいっぱいあることを教えていただきました。時には、難しい植物の話についていけないこともありました。野川の土手で長靴をはいて、しゃがんでルーペを覗いていらっしゃるお姿が目にうかびます。いままでありがとうございました。 (桜井静子) 

田中先生が亡くなられてから3か月が立ちましたが、いま天国でいつもの野草ウオッチングスタイルで植物観察をしておられるのでしょうか。 先生には植物の生態学についていろいろと教えていただきました。「大人向けの本よりも、子供向けのほうがよく理解できるよ」とアドバイスを受けました。用語が難しく、読めない漢字には、やさしく説明があり、フリガナもふってあります。また実際に観察や、カッターナイフで分解することによって本に書かれていないことや、異なった現象を見つけることができること。

植物の繁殖のための工夫や、したたかな戦略などのユーモアあるお話。実家にイヌビワの木があったので、イヌビワとイヌビワコバチの生活環についてはとくに興味がわきました。 オオイヌノフグリの花は朝開花し夕方には萎む「一日花」ではなく翌日の夕方に萎む「二日花」であると訂正するのに三年かかったと先生は述べておられました。ニッコウキスゲも資料や図鑑等には「一日花」と記載されていますが「二日花」であると、尾瀬の学術調査結果に基づいて最近よく説明されていました。私も先生の「二日花」説を広げたいと思います。最後に先生ありがとうございました。      (桜井秀雄)